今頃になって、ちゃんと見ていなかったことに気づいてクリスマスの生放送のDASHを見返しました。

DASH島と新宿DASHの2本立ててしたが、せっかく生でやっているのだから新宿DASHだけでもよかったかななんて思いました。
でも、片栗粉ができたのはすごいなぁと、単純に感心。

新宿のビルの屋上に三瓶さんからもらい受けた種を撒く。
なんだか、それだけでジーンとしちゃいました。
TOKIOは三瓶さんに色々なことを教えてもらいました。
作業や、技術を伝えるってことは、単に技能の伝授だけではなく、精神も伝えるってことなのかなぁなんて…。
そういう伝え方が、技能や技術の伝承には必要なのだろうとも思いました。

伝統芸能とか、伝統工芸とかには、特にそういう部分があるのかも。
習って教わって、自分の芸を育て、それを次につないでゆく。

伝統芸能ではないけれど、TOKIOはいい師匠にであったんだなぁとしみじみ。


ダッシュ村について何やら計画が語られているようですが、どうなのかしら?
「DASH村」再生!復興の柱に 祈念館や体験農園を構想
http://www.minyu-net.com/news/news/FM20170112-140836.php
DASHのプロデューサーは寝耳に水のようですから、正式な話ではなさそうですが。
まずは、帰還困難区域の現状をちゃんと調べて伝えること、そして、困難区域の指定が解かれる状態にすることが大切なんではないかと思います。
DASH村周辺だけをとりあえず除染して、大丈夫イメージを持たせようとするのなら計画には賛成できません。
地元の方々の気持ちや考え方、そして、生活が一番大事なのではとも思います。
そこにずっと住めるのか、そこで農業ができるのか?
そういったことがわからないと何とも。
大丈夫なのに危険だと騒ぐのは問題ですが、危険なのに大丈夫だというイメージを作ろうとするのも問題。
帰宅困難区域の現状はどうなっているのかしら?
ことがことだけに、そう簡単なではなさそうな気がします。
そんなに簡単に生活できるようになるなら、あえて帰還困難区域なんて名称を使うのかなぁ?って疑問も生じてきます。
もし、この計画が実施され、地元の方が喜ぶならそれはいいことかもしれません。
ただ、そこに出来上がるのは、元DASH村という看板の観光スポットであって、あのDASH村ではないように思います。
DASH村をはじめたときのプロデューサーさんの思いをQJで読んだ記憶があります。
その志とも違ってきてしまうけれど、その時は、福島で原発事故があろうとは思ってもいなかったはずですし、村がこんな形で人々に認識されるようになるとも思っていなかったわけで。
唯一つ言えるのは、安易な発想と計画でDASHの知名度を利用しようと考えているなら、それはあんまり賛成できないってこと。
DASHやTOKIOが変な形で利用されるのは、見たくない。
DASH村はみなさんの心の中に・・・って言葉を思い出します。
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