紅白のアナ雪の合唱の時、娘は、長瀬君の声がはっきりわかったと言います。
でも、私ははっきりわかりませんでした。
わたしの耳の問題かとも思いましたが、私以外にもわからない方はいらっしゃったようでほっとしています。
で、娘には聞き取れるものが私には聞き取れないということ、これまでにも何度かありました。
聴覚の老化に伴うものという考え方もあるかと思いますが、おそらくそれだけではないのでしょう。
人によって、聴覚には差があるという事なんだろうと思います。
聴覚そのものにそれほどの差がなくても、音を処理する脳の能力に差があるのかと。
よく、耳がいいとか悪いとかいうのも、そういうことなのではないかと思います。
たとえば、オーケストラの指揮者は、あれだけたくさんあるオケのそれぞれの音をしっかり聞き分けて、指示を出すことが出来ます。
練習では、個別にダメ出しをしたりもします。
私などは、全体的な音の感じでしかとらえられないのに。
同じ音を聴いても、人によって聴こえ方が違っているという事ですね。
そして、この個人差は、聴覚だけでなく、五感すべてにおいて言えるのではないかと思います。
微妙な色や形を見分ける目を持つ人とすべてにあいまいな人。
見たものを記憶できる視覚記憶の能力の高い人と低い人。
また、調香師のように、嗅覚が発達していて嗅ぎわけのできる人と臭いに鈍感な人。
味覚が鋭く、繊細な味のわかる人とわからない人。

こうして考えると、みんなが同じものを見たり聞いたり食べたりしても、それぞれが感じている感覚は違っているという事になります。
五感に差があれば、それぞれが五感によってとらえる世界の感じ方にも違いが出来るのではないでしょうか。
そういう意味では、人はなんて孤独なのだろうと思います。
でも、だからこそ、人は共感することに喜びをおぼえるのかな・・・なんて思いました。
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